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桑田佳祐年越しライブ2016!

待ってましたぁ~~!サザンオールスターズ応援団より、嬉しいお知らせが届きました!(^^)!

 

桑田佳祐年越しライブ2016!「ヨシ子さんへの手紙~悪戯な年の瀬~」応援団チケット先行受付の嬉し~い、嬉し~いお知らせでした!

 

桑田さんは、2016年2月に還暦を迎えたのですが、かんれき?カンレキ?KANREKI?還暦って何ですかぁ~~~???っていうくらいパワフルですからねっ!(^^)!

 

この際、60歳とか、還暦とか、そういうモノは無視しましょう!私も見習って、自分の年齢は無視していますからねっ(笑)!というか、自分の年齢は訊ねられても覚えていないので、いつも即答できません(汗)。。。

 

11月23日には、映画「金メダル男」の主題歌の「君への手紙」のリリースも決まったそうですよ!

 

某・缶コーヒーについている応募シールを集めて応募すると、桑田佳祐年末ライブレポーターにもなれるチャンスがっ!

 

某・缶コーヒーをバンバン飲みましょう!

 

桑田さ~~ん、カッコ良すぎですよ~~~(。・ω・。)ノ♡

 

今年の年末は、熱くなりそうだっ!(^^)!

 

絶対にチケットゲットだなっ!!気合いだぁ~~~( *´艸`)

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旨っ!ゆず入り七味唐辛子

私は大の薬味好きです♡♡♡

 

からし、かぼす、胡麻、山椒、しそ、しょうが、すだち、大根おろし、唐辛子、にんにく、ねぎ、ゆず、わさびetc・・・・( *´艸`)

 

和食には薬味が欠かせません!!

 

ここ数か月、わが家のブームは「ゆず入り七味唐辛子」です。たまたま七味が切れたので近所のスーパーに買いに行ったら、いつも買っているメーカーで「ゆず入り七味唐辛子」というのを見つけたのでした( *´艸`)

 

大好きな〝ゆず〟の入った七味ということで、迷うことなく買い物かごへ~~!

 

商品名を見ただけで、香りの良い〝ゆず〟の風味と、ピリッと辛い七味を入れた、わが家の温かい関西風うどんを想像してしまい、一目ぼれ♡♡♡したのでした。。。

 

そして、予想通りの超・旨っ!でした( *´艸`)

 

どうやら、私だけではなく、家族皆がお気に入りらしく、いろんな料理に「ゆず入り七味」をかけている。息子たちは、牛丼にふりかけると旨いっ!と言っていました(笑)。。。

 

そして、あれから3か月ほどたった昨日、空っぽになってしまったので(七味が一瓶3か月で空っぽになるって、早いよね???そうでもない???)、再び買いに行きました。

 

店の在庫が少なくなっていたので、3本も買ってしまった!

 

きっと、京都などの観光地に行けば、もっと高級な七味があるのかもしれませんが、近所のスーパーで、しかも200円弱で手に入り、それで十分風味が良いので満足しています!

 

超・旨っ!ですよ(*^^)v

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人を褒めることに潜む支配と差別

褒める」「褒められる」という言葉や行為は一般的には、ポジティブな印象で使われていることが多いように思いますが…

 

でも、「褒め殺し」という言い方もありますよね(笑)。。。

 

褒め殺し」とは、ウィキペディアによると、元々は対象を褒めることでその対象を「だめにしてしまうこと」を指していたようですが、後にだめにすることを目的として「褒める」ことをも意味するようになったと書かれていました。

 

まぁ、でもやはり、世間一般的には褒められることは、どちらかというと不快ではなく心地よいことなのだと思います。確かに嬉しいし自信を持つことにも繋がると思うので…

 

特に、幼い子どもなどは大人に褒められることでヤル気になったり笑顔になったりすると思います。

 

もちろん、私も人を褒めたこともあるし、人に褒められたことも無いわけでは無い

(笑)のですが。

 

私には人を「褒める」という行為に、なんというか若干の〝違和感〟というか〝しんどさ〟をいつも感じています。

 

私だけがそう感じるだけなのかもしれないのですが…

 

人を「褒める」行為って、非常に差別的な行為だと思ってます。ま、当たり前っちゃ当たり前なのでしょうけれど、誰かを「褒める」場合には、必ず周囲の人よりも何かが優れている(優れているということを、どう定義するかは別として…)、周囲より目立ってズバ抜けているとかがあるから、「褒められる」わけです。

 

要するに、誰かが「褒められた」時点で、同時に〝褒められるに値しない人〟や〝褒められるほど優れてはいない人〟の存在が明確になり、〝褒められた人〟の存在が明示化され、ジャジャーンとクリアになり、評価が上がるような感じがするわけですよね。

 

まぁ、これって当たり前のことなので、決して悪いことではなく必要なことではあると思います。ただあまりにも「褒める」「褒められること」=「素晴らしいこと!」を強調し過ぎない方が良いように思います。

 

誤解されると困るのですが、私は必要以上に強調し過ぎるなと言っているだけで、「褒め」の行為が全て駄目などとは一言も言っておりませんよ!誰かの「褒め」られている事柄をリスペクトし、そのような優れた部分を見習って、手本にして「よし、自分もそれを目指そう!」とするというのは、もちろん必要なことだと私も思っているので、それはそれとして大事なことであることを押さえたうえで、以下の私見です。

 

褒める」行為には、上下関係などの権力的な支配(というと、あまりに大げさかもしれませんが…)や、差別的な要素を含んでいるということを、常に頭の片隅に置いておく方が良いだろうと、私は常日頃思っています。

 

だから、何でもかんでも気軽に人を褒めまくってはマズイ気がします。ちょっとしたことで人をアホほど褒めまくるというのは、人を都合よく使うための方略の意味もあるのですから。。。だから、決して、人をいい加減に、やたらと褒めまくってはいけないと思います。

 

ま、褒められて、気を良くして調子に乗って浮かれる方の勘違いが甚だしいと「…おばかさんねぇ~」とは思ってしまいますが(笑)。。。

 

大人の社会でももちろん、ありますが、私は特に、〝褒める子育て〟〝子どもを褒めて伸ばす〟などの言葉には、踊らされないようにかなり警戒しています。

 

例えば子どもを褒めて自信を持たせて育てることは、とても大事なことだと思います。しかし、子どもを大人が褒めて育てるなんて、一見、素晴らしいように聞こえますが、褒め方を一歩間違えたら、単に大人視点での都合の良い行為に従わせていく危険性もはらんでいることを忘れてはならないと思います。子どもは、やはり親や先生に褒められると嬉しいので、大人の顔色を窺ってしまう傾向も強くなるのではないかとも感じます。

 

「学校で〇〇ちゃんが、先生に褒められた」➡「みんなも、先生に褒められるような〇〇ちゃんのような良いことをしましょう」的なメッセージとなって伝わる…

 

上記、日常茶飯事、よくあることです。

 

上記、ま、その通りというか、褒められるに値することに対しては、確かに褒められるべきことなのだとは思うのですが、そこには必ず、大人の支配的(時に差別的)なメッセージが含まれていて、それが人により、複雑な伝わり方や受け止め方をするのだということを分かっておく必要があるのではないかと思います。

 

何かの規則や形を相手に一方的に教え込む場合(これが必要な場合もあるので)には、「褒める」ことによって、「褒められる」べき行為を強化する必要があるでしょうから、何を身に着けるべきことであるかが明確になるので相手にとってわかりやすくて良いかも知れませんが、通常の日常生活では、あまりに「褒める」「褒められる」を強調し過ぎない方が良いように思いますね。。。

 

私個人的には、正直言って人(特に私の息子たち(笑))の行動を、親の自分にとって都合の良いように導くために褒めまくって煽てたことは多々ありますので(汗)。。。

 

でも、こういう褒め方でどうにかしたことって、一時的には役立つのですが、長いスパンで捉えた時に結局、先々になって失敗に終わるのですよ(笑)

 

私は、「褒める」「褒められる」を好みません。自分が褒められることがあっても、たいていはスル~しますね(笑)。。。今後の参考程度やヒント程度にはしますが、物心ついてからは、本気にしたことは多分一度もないような気がしますね!

 

なので私の場合、人から褒められることは不必要ですね。だって、「褒め」の基準は自分の中に常にありますし、理想も自分自身の中にありますから、他人の「褒め」基準は私にはほぼ無意味だからです。。。ま、たまに一致した時は「あ、一致した」程度には思いますけれどね(笑)!

 

そう、だから、たとえ私が他人に褒められても私の自分基準の「褒め」に達していなければ、「褒め」に値しないのですよ。逆に、他人に「褒め」られなくても、自分基準で「褒め」に達していれば、自分で自分のことを〝世界一〟とアホほど褒めていますから( *´艸`)おっと、もしかして、これを自己満足というのかもしれませんが💦

 

う~~ん、人を褒めるって難しい"(-""-)"

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雨の日のお客さま

昨日の夕方、雨が少し小降りになったので、夕飯の買い物に行こうと、いつものようにマンションのエレベータに乗りました。

 

一階で扉が開き、、、降りようとしたら。。。

 

むむむ?開いた扉の前の床に何かがある。。。

 

茶色っぽい何か。。。

 

枯葉?にしては、あまりにも立体的。。。

 

石ころか?どこかの子どもが、拾ってきた石ころを置いていったのか…落としたのか…

 

雨だったから、濡れているのか艶のある石ころ???

 

石ならばと思い、一瞬、つま先で軽く蹴って除けようと思ったが、何となく止めて跨いでエレベーターから廊下に出た。

 

でも、やはり気になって振り返って、近づいてよく見たら・・・

 

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 カエルちゃんだ~~(。・ω・。)ノ♡

 

蹴ったり、踏んだりしなくって良かった💦

 

そういえば、久しぶりに出会った気がするカエルちゃん

 

きっと、マンションの中庭の植え込みにお住まいなのではないかと…

 

しかし、エレベーターでどちらまでお越しになるつもりなのか?

 

あまりの可愛さに、思わず写メっ!!

 

というか、しばらく見ていると、エレベーターにはお乗りにならず、閉まった扉のレール付近に移動なさったので、このままでは、次に扉が開いた時に挟まってしまうのではないか…と気がかりになりましたが💦

 

なので、まだ動いていなかったエレベータのボタンを押し、扉を開くと、素早く中庭の方へピョンピョンと帰って行かれました( *´艸`)

 

やれやれ、よかった、よかった。。。

 

鬱陶しい雨の日も、なかなか良いものですね♬

 

 

 

 

 

人の悪口

人の悪口を言ったことがない人っているのでしょうか?

 

いるかも???

 

では、人の悪口を口には出さないが、頭に思い浮かべる程度ならば誰もが経験があるのではないか?一度もないと自信をもって言える人など、果たしているのだろうか?

 

いたらスゴイ!是非、会ってみたい!

 

ま、悪口を口に出そうが出すまいが、一瞬でも頭で思い浮かべたら同じことだと、私は思いますが…

 

あ、ちなみに私は、人の悪口はしょっちゅう言ってるし、思い浮かべてもいますよ(笑)!

 

そのような様を、私は決して良いことだとは思いませんし、非常に醜いことだとは思いますが、別に罪深いことだとも思いません。

 

別に開き直っているわけではなく、私は、ただ自分自身を偽るのがたまらなく嫌なだけです。自分自身が感じること、考えることの全てを、1ミリたりとも見逃さずにモニターしておきたいのです。

 

醜い側面のある自分のことを棚に上げて、人の悪口を恥ずかしげもなく、ウダウダ、ズケズケと平気で言う、その非常にみすぼらしい自分自身の姿そのものを真正面から、しっかりと見つめて認めて、受容したいと常々思っています。

 

私は、何の宗教にも関心も信仰も全くないので、そんな自分自身の姿を懺悔したりもしません。ただ、目を背けずに事実を事実として認めて、向き合いたいだけです。

 

しかし、これは、あまりにストイックで時に、痛みや吐き気を伴いますが(笑)!

 

それで良いのです。それほどみすぼらしくて、醜い自分の実際の姿なのですから…

 

そうする以外に、何ができますか?

出来ることがあるのならば、教えてください!

 

世の中なんて、人の悪口で満ち溢れていると言っても言い過ぎではないでしょう?違いますか?

 

願わくば、陰でヒソヒソ、コソコソな感じの悪口は言いたくないですね。悪口の対象が現れたとたん、ピタッと悪口を止める、そしてなんとな~く嫌~な、不自然な気持ちの悪~い空気が立ち込める(笑)!最低な人間のすることだと思いますが、きっと誰もがやっていることで、もちろん、私も、やってますし、やられたこともあります(笑)!

 

でも、私の本心は、悪口を言うならば、正々堂々と、その人に向かってズバッと言いたいと思っています(笑)!その方が潔いわ!

 

なんならば、大喧嘩、大バトル、思う存分罵り合うことを希望しますね。ガンガンやりましょうよ、ガンガン🎶そのほうが、ヒソヒソ、コソコソな陰険よりは、よっぽどフェアな気がする(笑)!

 

だいたい、誰がどのような悪口を言っているかくらい、相手の顔を数秒見て、二言三言言葉を交わせば、手に取るようにわかりますけれどね(笑)!自分がどのような悪口を言われているかを想像するのも、なかなか乙なものですが( *´艸`)要するに、存在感があるってことですよね?へぇ~自分って、一応、この世の中に存在してるんだ、、、とか、しみじみと思ってしまう。。。(←だって、私、自分は、この世の中に存在していないのかもしれないと常々思っているのですもの…いや、ホント、これ、マジで…)

 

ただし、殴り合い、蹴り合いの喧嘩は、好きではありませんので…心が痛いのは鍛えているので耐え抜く自信がありますが、身体が痛いのは鍛えてないので苦手です(笑)!

 

でも、「自分の悪口は聞きたくない」人も多いだろうことは、こんな私でもちゃんと心得ておりますので、社会では、私は、いたって常識的に陰でヒソヒソ、コソコソ悪口を言うだけに留めています(笑)!残念です!まったく納得いかないけど。。。

 

とにかく、私は、自分自身の醜さを自覚することなく、自分のことを棚に上げて平気で人の悪口を言いまくる人を軽蔑します(ま、私に軽蔑されたところで、なんの損益もないでしょうけれどっ!)。

 

せめて、自分が人の悪口を言ったり思ったりしている時の自分の姿を真正面から見つめ、痛みと吐き気を思う存分味わいながら、人の悪口を言うべきだと心底思いますね(笑)!決して、人の悪口を口に出したり、思い浮かべている自分自身を正当化してはいけないのですよっ!!

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餃子のビーナス

昨日は、所用で宇都宮に行きましたo(^_^)o

雨の一日でしたが…

 

宇都宮駅には確か何度か行ったことがあったはずなのですが、昨日、初めて「餃子像」というものに出会いました!

 

それも、帰り際に駅に向かう途中で、ご一緒した方から教えてもらって気づいたのでした…

 

たぶん、今までにも…そして今朝も、「餃子像」の前を何度か通っていたはずなのですが、教えてもらうまで、気づきませんでした!

 

餃子像って知ってますか?」とたずねられて、「え?〝ギョウザゾウ〟?それってなんですか~~?」と興味深々になり、案内していただきましたぁ~~!

 

雨の中、一人たたずむ〝餃子像〟( *´艸`)

あ、ホントだ!餃子だ…ではなく、〝餃子像〟だっ!

 

この「餃子像」は、知る人ぞ知る有名な(?)像なのですか?

 

ウィキペディアによると、「ヴィーナスが餃子の皮に包まれた〝餃子のビーナス〟」とのことですね。1994年に某テレビ局が町おこしのための企画として宇都宮市とタイアップして作られたという経緯があるらしいですねφ(..)

 

へぇ~~、へぇ~~、へぇ~~~♬

 

「あら、今日は雨だわね~~」と、どんよりした空を見上げているようです。。。

今度は、是非、晴れた青空を晴れやかに見上げているビーナスに出会いたいものです(*^^)v

 

ちなみに、駅のお土産コーナーに立ち寄ると、なにやら扇を逆さに広げたような不思議な形をした生成りの白っぽい生地のカジュアルなショルダーバッグがあったのですが…

よく見たら…あ、、、これって、、、もしかして、、、〝餃子バッグ〟(笑)!!

 

宇都宮の皆さんの〝餃子〟へのただならぬ〝愛〟を感じた一日でありました!

今度は苺狩りに行きたいなっ(*^^)v

 

↓   ↓   ↓   ↓   ↓ 「餃子のビーナス♡♡♡ 

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そして、こちらはホンモノの宇都宮餃子(*^^)v

美味しかったです♡♡♡

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私のミニチュアコレクション

私の数ある趣味の一つ。

ミニチュア収集!

特に食玩のミニチュアフードが大好きです。

顔を近づけて、じっと眺めていると時間が経つのを忘れる💦

 

そして、私には収集癖があるのでした💦

 

今日は、私のミニチュアコレクションのなかのフルーツシリーズ〝桃〟をご紹介!

桃のミニチュアo(^_^)o

ね、リアルでしょ?注意!食べることは出来ません!

食玩ですよo(^_^)o

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桃の甘〜い香りが漂ってくるような錯覚が(笑)

ちゃんと表面には、桃の皮の毛ば毛ばも再現されてます!!

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⬇️これは、上の画像とは、また別のミニチュア桃。上の桃よりさらに数ミリ小さい(#^.^#)

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箱や詰め合わせもリアルでしょ‼︎

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人との適度な距離を保つこと

先日、突如、ある友人から電話がかかってきた(女友だちデス!)。 

何年ぶりだっただろうか???8年以上かも。。。

 

当時は、確か…ときどき一緒に食事に行ったり、仕事の話をしたりもしていた。

 

ただ、それほど気が合っていたわけでもなく…気心の知れたというほどでもなく…仕事も絡んでいたこともあり、あくまでも社交辞令的な付き合いだったように記憶している。。。

 

実は、互いにそれほど仲が良かったわけではなかったのだろうと思う。どちらかと言うと、私にとって彼女はちょっと苦手なタイプだった気がするので、私は、ある時期から彼女と距離を取るようにしていた。。。

 

いや、でも、もしかしたら向こうも、私のことが苦手だったのかもしれない。だから、彼女も私と距離を置いていたのかもしれないのだが(笑)。。。

 

でも、私は、間違いなく彼女と出来るだけ関わらないように避けていたというか、あたりさわりのない必要最小限の範囲で付き合っていた記憶があるのです。。。きっと、マジで衝突したら、ちょっとマズい予感がしたのでしょうね(苦笑)。。。その辺の分別は、私にも一応、身についているようですので"(-""-)"

 

しかし、先日、久しぶりに彼女から電話がかかってきて、久しぶりに喋ったのですね。

 

なんだか不思議な感じがしました。「あらぁ~、お久しぶり~!お元気?」と声をあげつつ、あまりに久しぶりのための驚きと共に、ちょっぴりの気まずさ…(苦笑)。。。

 

当時と同様に、当たり障りのない社交辞令的なご挨拶をして、彼女の用件を聞くために耳を傾けました、、、その間、いったい、私は、彼女のどういうところを苦手に思い、何を避けるために、これほどまでに距離を取っていたのかを思い出そうとしていたのですが、なぜかどうしても思い出せませんでした。。。

 

なんだろう???今、電話で話をした限りでは、私の中に、当時抱いていたであろう苦手意識が生じなかった。。。

 

そもそも当時、私は彼女の何を避けていたのだろうか???電話を切ってからも、しばらく考えて、思い起こしてみたのだけれど、やはり思い出せない。先ほどの電話でも、特に何も不快な感じは生じなかった。。。

 

いったい、なんだったんだろう???

 

 距離を置いていたのが功を奏したのだろうか。。。

  

そういえば、我が家では、家族関係でもそれを実感しているのだった。一時、夫と私は、超・超・仲が悪かった時期が数年あった(-_-;)。もう、ダメかなと思ったけれど、別れるのも結構手続きが面倒くさかったので、〝夫〟だと思わずに〝ただの同居人〟だと思うようにしていた時期があった(-_-;)(-_-;)(-_-;)夫よゴメンね!でもきっと夫もそうだったのではないかと思うけど( *´艸`)

 

必要最小限の会話しかしない時期が長期間続いた記憶が(-_-;)

 

しかし、、、あるとき気づいたら、普通に会話して冗談言い合って笑い合っていた。一緒にレストランに食事に行ったりするようにもなっていた。。。そして、今も、特に普通な感じ…昔と変わったのは、ケンカをしなくなった、、、というか、正確には、ケンカをお互いに避けるようになった、、、という気がする。。。

 

不思議だ。。。

 

人間関係には、互いに適度な距離を保つのが良いというのは経験上も分かっているのだが、今回の電話の友人の場合は、年月的にも結構長く〝距離を取った〟と思うのだが、「相手の何が嫌だったか」すら、思い出せないほど…というのは、自分ながらスゴイ!と思った(笑)!

 

もしかして、単に、加齢の影響で物忘れが酷くなっただけだったりして…( ゚Д゚)

 

ま、それはそれでいいか(笑)🎶

 

まぁ、だからと言って、これから頻繁に会って一緒に何かをするというわけではなく、単に、ちょっと私へのお訊ねごとがあって、私のことを思い出して連絡をくださったというだけのことだったのですが。

 

でも、私の中にあった昔の〝わだかまり〟のようなものが、なんとなく少し解けたような気がした。。。

 

嫌なことを上手に忘れることが出来るのって、大事なことだなぁと改めて思った。。。でも、きっと、そんなに簡単なことではなさそうなので、そんなにいつもは上手く出来ないかもしれないのだけれどね☆彡☆彡☆彡

 

だから、自分にとって苦手で嫌な人とも〝絶交〟などというのではなく、程良い距離を保って関わるのが良いように思った。。。難しいけれど、人との距離間って大事だね。。。

 

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「伝える力」と「理解する力」

今さらですが…「相手に何かを説明して伝える力」「相手の説明する内容を聞いて理解する力」について考えてみた。

 

まぁ、あちこちで取り上げられていることではありますが。

最近、つくづづく実感するので考えてみたいと思いました。

 

家庭、職場、趣味など、どんな場面であっても〝何か〟について人と話そうと思ったら必ず「相手に何かを説明して伝えること」「相手の説明する内容を聞いて理解すること」は切っても切れないことで、必ず必要になってきますよね。

 

「話していること」は、「書かれた文章」とは違って、ICレコーダーにでも録音しておかない限り、その内容は瞬時瞬時に流れるように消え去ってしまいます。さらにそこに次から次から出てくる言葉が重なってきてしまうので、上手く理解できないままに過ぎてしまうことってありますよね。

 

「書かれた文章」の場合、まぁ確かに理解できなかった箇所は再度読み返すことは出来ても、その文章自体が意味不明な文章だったら読み手は理解しづらいだろうし、誤解も招くだろうし。それに、なんといっても読み手の読解力の差もあるだろうから、やはり、「話して説明して伝える場合」であっても、「文章で書いて伝える場合」であっても、上手く伝わらない、上手く理解できない場合はあるにはあるのですが…

 

まぁ、だから読み手や聞き手は途中でメモを取ったり、「今言ったことの意味がわからない」とか「今のもう一度言ってください」とかツッコミ(?)を入れつつ、相手の伝える内容を理解しようと試みるわけですが…

 

私の場合に限って言うと、口頭で相手から説明や話を聞く場合、実は日程や場所やタイムスケジュールなどの具体的な事柄以外は基本的にメモをとらないタイプです。その場で体感的(?)に自分自身に印象付けて、その場で自分の理解に落とし込む(?)タイプのようです(←こういう表現するから、抽象的で理解しづらいのでしょうけれど…)。

 

ですので、人の話を聞きながらメモを取れと言われて無理やりメモを取らされても、後から見返すことはほとんどありませんし、ほとんど役に立ちません(笑)!これを、話を聞きながらメモを取らない〝ダメな人〟と一方的に決めつけられても心外ですし、困りますけど(笑)!私にしてみれば、「あんたこそ、いちいちメモ取らなきゃ、理解できないのかよっ?」と思ってしまうので!ま、お互い様ですね(笑)。。。

 

よく、自分の話すことが相手に伝わらなかった場合に、「メモを取りながら聞かないからダメなんだよ」とか、「聞く側が私の話すことを理解する能力がない。なんて頭の悪い人。なんて理解力のない人。」などと簡単に言って決めつける人を見かけますが。正直、笑っちゃうのは私だけ???(笑)

 

思わず、心の中で「あなたって、いったい何様ですか?あなたの方に説明する力が無いのですよ!頭が悪く、理解力がないのは、あなたの方かもしれませんよ~~!」と思っていますが(笑)。。。

 

ま、それはそれとして、どうでも良いので置いておきますが(笑)。。。

 

まぁ、どんなに頑張って丁寧に説明しても理解してもらえない人というのは、世の中に沢山いると思うので、必ずしも伝える側ばかりを責めるわけにもいきませんが…

 

少なくとも、人によって「理解の仕方が違うんだ」ということは頭の片隅に常に置いておく必要があるのではないかと思います。もちろん自戒を込めてですが(笑)!

 

自分がどうしても伝えたい内容があって相手に伝えようとする。でも、聞き手は、その内容を聞いて、話し手が伝えたいこととは別の部分に興味や関心をもっ可能性があるわけです。そうすると、聞き手は自分の興味や関心の視点から相手の話す内容を解釈、理解しようとするのではないかと思います。だって、双方とも、それぞれに経験してきた事がらも違うし、感じ方も違うし、思考の仕方も違うし…何よりも、双方ともに生身の人間ですからね!

 

とは言っても、平均的な理解の程度みたいなものはあるのでしょうから、多くの人に何かを伝えるときに参考となる何らかの伝え方の方向性みたいなことはあるのでしょうが。でも、あくまでも平均的なことに過ぎないのですから、思い通りに理解してくれない人がいることに、それほどショックを受けたり、頭が悪い扱いするのは、いかがなものかと思います!

 

「○○さんは、なんて説明が下手なんだ」「△△さんは、なんて理解力がないんだ」とボヤいている人を見かけるたびに、両方とも、自分の立場からしか物事を見ようとしない人、自分の視点からしか捉えたり考えたりすることの出来ない人、あるいは、苦手な人なんだなぁと思うことがあります。

 

「自分の感じ方や考え方=他者の感じ方や考え方」なんだなぁと…

 

これって、相当に身勝手で自己中心的だと思いませんか???

 

相手に自分の話が上手く伝わらないときや、相手の話す内容が理解しにくいときは、「私は」というのは、少し横に置いておいて、「相手は」何を伝えたいのか?「相手は」何を理解しづらいのか?という視点に立って、ちょっと考えてみる必要があるように思います。。。

 

まぁ、人を察することが苦手な人にとっては、その場合にも自分の〝先入観〟をいったん横に置いておくということ自体が、至難の業である可能性もあるのですが"(-""-)"

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なぜ、自殺してはいけないのか?

以下の青文字部分は、先日のニュース(NHK NEWS WEBより引用)。

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 全国の20歳以上の男女を対象に財団法人が実施した自殺に関する意識調査で、4人に1人が、「本気で自殺を考えたことがある」という結果がまとまりました。

 この調査は先月、日本財団がインターネットを通じて全国の20歳以上の男女4万人余りを対象に行いました。
 それによりますと、「本気で自殺を考えたことがあるか」という質問に対し、「ある」と回答した人はおよそ4人に1人の25.4%に上りました。
 理由については、複数回答で、男性では仕事や職場の人間関係など、勤務に関する問題が44%と最も多く、次いで、負債や失業などの経済的な問題と、健康に関する問題がそれぞれ40%でした。女性では、家族関係や子育て、介護など、家庭に関する問題が55%で、次いで健康に関する問題が38%、いじめや学業の不振など学校に関する問題が30%でした。
 また、過去1年以内に自殺を図り、未遂だった人は20代と30代を中心に、推計で53万5000人に上り、ほぼ半数が誰にも相談していなかったということです。
 調査を行った日本財団笹川陽平会長は、「自殺を意識している人がこれほど多いというのは驚くべき結果で、社会としてセーフティーネットを整備する必要がある」と指摘しています。

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う~~ん!「本気で自殺を考えたことがあるか」という質問かぁ…ちなみに、ここで言う「本気」で考えたとは、どのあたりの〝考え〟までを「本気」とするのだろうか?たとえば、自殺のための具体的な方法を考えたとかも「本気」の部類に入るのかなぁ?

 

その程度、、、と言っちゃうと、若干の語弊があるのかもしれないのだけれど、例えば具体的な自殺の方法とかだったら、考える人は結構いるんじゃないのか?と思うのですが。。。

 

4人に1人って、多いのか少ないのか分からないわ。。。私的には、別に多いとは思わなかったのだけれどなぁ"(-""-)"

 

普通、考えないものなのか?

 

少なくとも、私自身を振り返ってみた時に、実際に自殺を行動に移すかどうかは別として、「どうすれば、この世の中から楽に消えることが出来るか?」とか、「どうすれば、苦しまずに死ぬことができるか?」と言うことは、何度も考えたことはありますけど(笑)!これって、もしかして、少数派だったの???(笑)

 

むしろ、考えない人っているの???ぐらいに思うのですが。。。

 

まぁ、思考が相当に極端になり、意識がもうろうとしながら切羽詰まった感じで自殺の方法を考えたり…何度も自殺未遂を繰り返したり…というレベルの「本気」さのこととは、ちょっと違うように思うのだけれど。。。

 

そこまで深刻な段階まで行っている人が4人に1人とは思いにくいなぁ(笑)。。。だって、それじゃ、うちの4人家族や友人の4人家族のうちとかにも、家族の誰かがそういう状況だと想定すると、、、さすがにちょっと考えにくい気がするなぁ。。。

 

なので、なにかシンドイことがあって「あぁ、死んでしまいたい!死のうかなぁ!」程度ならば、割と居そうですけどね!

 

しかし、、、そもそも、なぜ、自殺してはいけないのですか???私には全く分かりません!誰か教えて欲しいです。。。誰か〝正解〟を答えられますか?

 

よく、自殺する人を止める時に、「あなたが死ぬと、私が辛いから…」とか言う言葉をかける場合があるらしいけど、もし、私が止められる立場の人だったら全く効果が無いでしょうね(笑)!だって、「あなたの辛さなんて、私の知ったこっちゃない!そんなことを配慮している余裕はない!」と思ってしまいそうですが(笑)。。。違うかなぁ!

 

なので、私には、死のうとする人を、どうやって防ぐかなんて、全く分かりません。せいぜい、無理やり力づくで押さえつけて、その瞬間をとりあえず止めさせるというような、対処しかできないのではないか…もしかしたら、それすら、出来ないかも…

 

でも、やはり、わからない。考えても考えても、誰の意見を聞いても、どんな本を読んでも、なぜ、自殺してはいけないのか?について、私が納得のいく回答をしてくれるものには、いまだかつて、出会っていない。。。宗教からだって、哲学からだって、納得のいく答えはえられない。。。

 

自殺だけではない。そもそも、「死」というものに対して、タブーな雰囲気で思いっきり、堂々と話しにくい雰囲気が漂っている世の中が、私的には気持ち悪くて仕方がない。。。

 

なぜ、そんなにタブーにするのか?

 

自殺であろうがどんな「死」であろうが、もっと、日常的に習慣的に考えるべきなのではないのか?

 

そもそも、「死」について、考えない日が無い人って、大人でいるの?一日のうちの一瞬でも、頭を過ぎったりしないの?「死」を意識しないということは、今、この瞬間「生きている」ということも実感していないということだと思うのだけれど…それって、私的には理解できないです(笑)。。。

 

よほど、考えたくなくて、向き合うことができなくて、日々の忙しさと称して考えないように、見ないようにしているだけなんだと思うけどな!

 

なにも切羽詰まってまで病的に考えろと言っているのではなく、冷静な気持ちで日々、ほんの数秒でもいいから、きちんと考えて向き合う習慣があったほうが良いのではないかと思うなぁ。。。

 

きっと、納得する答えなど、永遠に出てこないのだと思うのだけれど。。。

だから、ただ問い続けることしか出来ないのだろうとは思うのだけれどね。。。

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なにもかも、どうでもいいと思う日もある・・・

このようなタイトルで日記を書くと、病んでいると思われるのだろうか?(笑)

別に病んでなどいないですけどね!

 

ご心配なく!たぶん、いつもといっしょ。なにも変わらないと思う。。。

 

特に気が滅入っているわけでもなく、いたって普通!

 

っていうか、そんなことすら、どうでも良いわ!

 

なんだろうか、、、夏の疲れだろうか…

まぁ、たまにはくたびれることもあるよね。。。暑かったもんね…

 

そうゆうことも、ありなんだろう。。。

 

なんだろうな、、、生きていると、いろいろと納得のいかないことは多々あるもんだし。。。

 

そんなもんだ。。。そんなもんだ。。。そんなもんだ。。。と思い続けてウン十年(笑)!

 

要するに、世の中なんて、そんなもんだ(笑)。。。

 

昔は、ちょっとしたことにショックを受けて右往左往したり落ち込んだりすることもあったけれど・・・

 

最近は落ち込むことすら全くなくなった(笑)!

 

その代わりというか、すぐに「どうでもいいや」と突き放すようになった。。。

 

冷めてるよね~~~(笑)。。。

 

そういえば、昔は涙が出たのに、近頃は涙が出ないのはなぜかな。。。

 

自分の中の何かの感情を切り捨ててしまったのだろうか???それとも何かの感情が壊れたのかな???

 

まぁ、めそめそ泣くよりゃマシだわ、、、(笑)泣いたところで、どうせ何も解決などしないのだからね!泣くなんて無駄なこと。なので、そうゆう機能は私には要らない!

 

年を重ねて強くなったとでも言いたいのか、私???

 

そうゆことも、どうでもいいんだけれどね(笑)。。。

 

なぜ、涙が出なくなったのか???ドライアイ???そういう問題じゃなくて。。。

 

年を取ると涙もろくなるとか、沢山の知り合いが言っていたように思うけど、、、

 

私は、涙など全く出なくなりましたけど。。。いったい、どうなったのか???

 

やはり、ドライアイ???(笑)。。。

 

冷酷人間になったのか、、、シラケた人間になったのか、、、

 

そうかもね(笑)!

 

でも・・・だったら、なんなんだ???何か困ったことがあるか???どうでもよくね?

 

そんなんじゃ、嫌な人間になって、世の中の人から嫌われるよっ!

 

・・・ってゆ~か~、そんなことだって、どうでもいいわ(笑)。。。

 

う~~ん、今夜は、こんな日。。。別に何があったわけでもないのだけれどね・・・

 

ちょっとだけ、くたびれモードなだけなんだろう。。。きっと。。。

 

もう、寝よう!おやすみなさいませ。。

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〝家庭の医学〟系情報はマジ役に立たない

私は、小学生くらいの時から、家の本棚にあった〝家庭の医学〟系の本をしょっちゅうパラパラと見ていました。とても興味があったからです。

 

もちろん、学校での「保健体育」の授業(というよりも、どちらかというと教科書の内容に興味があったような気がする…)は一番好きで、他の教科はそれほどでもなかったのですが、「保健体育」の成績だけはズバ抜けて良かった記憶があります。まぁ、多くの生徒は入試に必要な英語や数学などの教科に全力を注ぐので、「保健体育」のような授業は皆、テキトーに手を抜いていたからだとも思うのですが(笑)。。。

 

それで、家族や友だちが具合が悪い時など、その症状を耳にすると、無意識のうちに、それらの知識を駆使して勝手に〝診断〟していました。まぁ、所詮遊びでやっていただけですが…。

 

ただ、それが、いつもかなり正しい判断だったことは、今でも記憶しています。

 

そして、この関心が高かったお陰で、子育てにはとても役に立った。余計な心配をせずに済んだし、逆に次男の幼少期の重病(今ではすっかり完治!)を早期に発見して治療を始めることができたし!次男の担当医から「お母さん、本当によく勉強されましたね」と褒めてもらったし(←これは自慢だぜ!)

 

ただ、この時期にはすでに〝家庭の医学〟系情報からは卒業しており、かなり本格的な専門書で勉強しましたが…それプラス、目の前の次男の状態から受けた直感の賜物だったと思います!

 

私が〝家庭の医学〟系の本をしょっちゅう見ていた子どもの頃、だんだんと〝家庭の医学〟系の本に書かれている内容では納得がいかなくなってきていました。だって、どの病気も最終的には「最悪の場合は死亡する場合もある」や「重大な病気の可能性があるので医療機関での診断を受けることをお勧めします」で締めくくられているからです(汗)。。。そりゃ、当たり前だろ~~と思いません?なんだって最悪の場合には死に至るぐらい、誰でもわかるわっ!

 

いつも、どんなに軽い症状で調べ始めても「死に至る可能性がある」「病院で診断を受けましょう」に辿りついてしまうことに、子どもなりに、「???」と思い、「え?結局病院に行かなきゃならないの?この本じゃ解決しないの?ならば、こんな本、読んでも意味ない…」と、よく思ったものです(笑)!

 

そして、現在でも当時と同様に、医療関係の情報にはとても興味があり、よく目を通しています。別に医療関係の仕事をしているわけではありませんが…

 

なので、下手に素人の単なる頭デッカチなだけではあるのですが…

 

最近では当時の〝家庭の医学〟的な情報がネット検索で簡単に、しかも大量の情報を見ることができるようになりました。医療分野の論文から、医師などの専門家からの情報やら、一般の人たちの手術体験談やら療養日記やら…ホント、溢れかえってますね(汗)。。。

 

時々、興味があるときに、それらをネット検索していて思うこと、一言でいえば、「やはり、あまり役に立たない」ですね(笑)。。。

 

専門の論文などは、まぁ、私のような素人が読むには知識が足りないので無理もないでしょうが、印象としては「症例○○の△△なケースの経過」みたいな、特殊な症例について書かれているものが多くて、やはり、私のような素人が読んでも仕方がないようなものもあるので控えていますが…

 

そして、一般の人の診察体験談や入院日記などは、まぁ、「へぇ~~、そうなんだ」とは思うけれど、結局、それぞれの私的な感情や思いなどが強く表現されているようなので、ちょっと距離を保って解釈した方が良さそうだし…

 

さらに、相談内容を入力して送信すれば「医師が回答します」的なサイトの場合、結構丁寧に回答はしてくれるけれど、結局行きつくところは、「実際に診察させていただいたわけではないので、あくまでも可能性です。お時間のあるときに専門機関に受診されることをお勧めします」となるわけですよ(笑)!!

 

そう、昔、私が興味があって読んでいた〝家庭の医学〟系の締めくくり方と、なんら変わりはないのです。。。そして、結局、病院に行けという結論に至って終わるのです。。。

 

まぁ、別に、こういう情報が全く無駄で意味がない、とは思わないけれど、、、正直、この程度のレベルだったら最初っからネットなどで相談や検索などせず、最初っから病院に行ってますからっ!とがっかりしてしまうのです。。。

 

ネット検索からの間違いだったり、極端情報によって逆に、実際に大したことないのに、不安をあおられるということもあって、神経質で心配性の人などには大きなストレスになってしまうだろうとも思う。。。だったら、中途半端で余計な知識を入れずに、さっさと病院へ行ってきちんと診察を受けて、自分の場合について相談する方がスムーズな気がするのですよ。。。

 

ネット情報であることの限界はあると思うので、もちろん無理もないのは分かりますよ!症状からの診断なんて、実際に医師に診断してもらっても100%正確に分かるわけでもないだろうし、検査結果だって100%正確なわけではないだろうし、基本的な診断の基準や治療の方法は、医療は発展しているようなので昔よりは精度も高くなっているのだろうけれど…だからと言って、それらが全ての患者にピタリと当てはまるわけではないわけなので。

 

だからそれを、さらに、〝家庭の医学〟系の本やネット検索程度で解決などするわけないよね(笑)!!

 

そう、なので、ネットでの〝家庭の医学〟系情報や、テレビの〝家庭の医学〟系の話題を取り上げた番組などは、私は、極力、見ないようにしています。信じていないからです(笑)!3分の1程度「へ~~~、そうなんだ~~」程度に留めておいて、あまり真に受けない方が良いと思いました。。。

 

ま、情報なんて、所詮そんなもんですよね。。。〝家庭の医学〟系情報に限らず、ミシュランの星の数情報だって、ネット通販のお客様の声だって、全ては距離を保ってほどほどに参考にする程度にして、真に受けない方がいいのだよね(*^^)v

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夏休みの終わりは辛いですか?

今年も、もう8月が終わり…学校では新学期が始まる時期ですね。

きっと、憂鬱な思いの人も多いことでしょう"(-""-)"

 

子どもたちだけではなく、特に学校の先生とかは夏休み、冬休み、春休みというある程度まとまった時期の休暇の認識は他の職業の人たちよりもしっかりとあるでしょうね。

 

決して子どもたちと一緒に休んでいるわけではなく、学校での当番やら、夏ならばプール指導やら、研修やら会議やらで何らかの仕事をなさっているのでしょうけれど…でも生徒が休みで授業がない分、学校にはお休みモードが漂っていますよね。

 

なので、いわゆる企業の会社員とか、世の中の休日こそ稼ぎ時の店舗やサービス業をする人や、医療関係者の休みの感覚とは大きく異なるのではないかと思います。だって、そういう仕事の人たちには、まぁ、お盆休みや正月休みは有休を組み合わせるなどして長めに取る場合もあるでしょうが、学校の先生の夏休みとかの感覚とは、かなり異なるように思います。

 

特に、春休みなんて発想は、学校関係者以外には有りえない(笑)!だから、春休みが無いと嘆いている大人を見かけると(あまりいないが、ときどき見かけて吹きだしてしまうが…)、「お仕事辞めれば、毎日が春、夏、秋、冬休みだよ~~!だから、辞めちまいなよ!」と、頭ナデナデしたくなる(笑)!!もしくは、超ロングなバケーションのとれる文化のあるお国にお引越しなさいなぁ~~と思うのであります(*^^)v

 

まぁ、誰だって、どんな職業の人だって長期の休暇が終わる頃は、憂鬱なものでしょう。

 

しかし、私も一時だけ経験ありますが、専業主婦をやってた時って、少なくとも私は、夫や子どもたちが夏休みとかになると、毎日朝から晩まで家で顔を突き合わせてなくっちゃいけなくて、正直ウンザリ~~な日々でした(笑)!心の底では、「早く仕事とか、学校とか始まってくれ~~~」と叫んでいた記憶があります(笑)!

 

私は個人的には、、、実は、長期休暇が好きではありません。休暇自体は好きなことが出来るのでワクワクするのですが、やはり休暇明けの辛さが尋常じゃないので、いっそのこと、長期の休暇を取らず、盆や正月も全て無視して年間通して通常通りの週休程度の生活リズムを淡々と繰り返して崩したくないのですよ!!あまり特別なことをするのが好きじゃないのです。。。

 

だから、夏とか冬に比較的長めの休みを取ったとしても、気持ちが大きく揺れ動くような楽しい休暇体験は極力避けるように、わざわざ退屈でつまらない休暇の雰囲気を醸し出すように努力して毎日を過ごすようにし、「う~~~、苦痛だ!早く仕事が始まってくれ~~」と思える環境に意図的に自分を置いているように思うのです(笑)!

 

なので、私には夏休みの終わりが全く苦痛ではないのですよ(*^^)v

 

ま、こういうのが良いかどうかは別として、少なくとも私には向いているらしいです!何よりも、子どもの時に感じていた、あの「学校が始まる苦痛」だけは、絶対に味わいたくないのですよ!それだけでストレスが無くて楽ちんですよ(*^^)v

 

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「お互い様」にも限度がある

誰だって、重大で困難な問題が起こった時に、完全に自分一人で立ち向かって解決に導ける完璧な人などいない。

 

そこまで重大な話でなくとも、ほんのささやかな小さな自分自身の身の回りの小さな諸々のことでさえ、誰の手も借りず、いつも自分一人できちんと対応できて解決できるパーフェクトな人なんていない。

 

だから、誰かが大変な状況に陥っていたり、助けを求めているときには、私は、小さな力ながらも少しでも役に立つならば協力したいと思う。

 

事実、私だって今まで本当に沢山の人に支えてもらって助けてもらっているし、協力もしてもらっている。だから「お互い様」なのだと思うし、それ以上に何よりも、その人たちに感謝している。

 

ただ、たま~に、そのことに、あまりにも無頓着というか、無自覚過ぎる人に出会うと幻滅するのです(汗)。。。

 

このようなことを書くと、もしかしたら、窮屈な心の狭い人だと思われるかもしれない。「お互い様」なんだから、気を遣わずにもっとおおらかになれないものか…とお叱りを受けそうですが。

 

「助け合い」や「お互い様」は、もちろん大事!この気持ちがないと、本当に窮屈で冷ややかな世の中になるとは思う。。。

 

ただ、皆が皆ではないけれど、たま~に、その「助け合い」や「お互い様」の精神を意図的に都合よく利用して、ズルいことをする人がいる。それって悪質!

 

なにもそこまで極端でないにしろ、単純に無頓着や無自覚が過ぎて、自分にとって都合の良いことばかりを優先しようとする人は、結構沢山いそうだ(汗)。。。もちろん、私も含めてですが…(-_-;)

 

私だって、十分気を付けているけれど、誰かにとって、そのように思われてしまっているかもしれないけれど。。。でも、私としては、いちおう常に、そういうことがある可能性は意識して、出来るだけ配慮しているつもりだ。

 

だから、いくら「お互い様」の場合であっても、自分自身の自覚と相手へのちょっとした心遣いを絶対に忘れちゃいけないと思うのだ。それが欠如した時点で、何かいや~~な雰囲気が立ち込める。最悪の場合、信頼を失いかねない。

 

だからね、「お互い様」には限度があるんだよね。。。

 

私は、特にその辺のことでの人との関係に敏感過ぎるのかもしれないが。でも、私が違和感を感じて「今のちょっと、何かが違うんじゃないか?」と思う時には、周囲の人も同様に「今のちょっと、何かが違うんじゃないか?」と不快に思っている場合も結構あるので、まんざら、私が勝手に過敏に「???」「不快」と思っているわけでもなさそうなのが、せめてもの救いなのではあるが…

 

「タダより高いものはない」とは言うけれど、私のようなタイプの人間は、それが痛いほどわかる。。。お金はかかるのかもしれないけれど、それ相応の代金を支払って、「ここから、ここまで」というサービスを受ける方が、気が楽だ。。。

 

「お互い様」って、なんか、口当たりの良いコトバで、おおらかで〝人間味?〟のあることだと思われているのかもしれないけれど、、、私は、冷静に考えると、「お互い様」精神は、それを上手に使いこなす器用な人にとっては都合の良いことだろうけれど、結構あちこちで不公平感や理不尽な思いをしている人がいるのではなかろうか?と思う。。。

 

だからね、、、「お互い様」にも限度があるんだよ。相手への心遣いや配慮が欠如した途端に、不平不満が噴出して成り立たなくなるんだよ。きっと。

 

「お互い様」だけれど、そこに〝おんぶにだっこ〟で甘えすぎちゃいけないんだ!

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ココア・シガレット

大阪に出かけていた長男が、お土産を買ってきてくれました( *´艸`)

「創業 昭和23年 オリオンのおかしばこ」というものです♡♡♡

学年、組、名前を書く欄があって、まるで、〝おどうぐばこ〟のようですね!

        ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   

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さてさて、おかし箱の中には、どんなお菓子が入っているのかな???

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ジャジャ~~ン☆彡おやおや、懐かしい駄菓子をたくさん見つけましたぁ~~!(^^)!

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そして、、、やはり、オリオンといえば、〝ココア・シガレット〟でしょう~~!!!

子どもの頃から好きだったなぁ♡♡♡〝ココア・シガレット〟

あの、なんとも言えない微妙なハッカ味とココア味のコラボレーションした不思議な味(笑)!ラムネのようだけれど、少しラムネとも違うような感触!

よく、大人がタバコ吸ってる格好を真似しながら、友だちと〝ココア・シガレット〟をかじっていた子どもの頃を思い出す(笑)!

ってゆ~か~、私は、20歳前半までは関西に住んでいたのですが、〝ココア・シガレット〟が大阪名物とは知りませんでした(笑)!大阪名物なのですか?

そして、このお菓子箱には、なんと、ストラップのおまけ付き♡♡♡

最近では、シガレットに、いろいろな味の種類があるのね~~( *´艸`)「ココアシガレット」「ブルーベリーシガレット」「抹茶シガレット」「オレンジシガレット」「オトナシガレット」「コーラシガレット」「サワーシガレット」「イチゴシガレット」があるらしい。。。スゴイ!

~~以下、オリオン(株)のHPの商品情報より~~

「ハッカの香りとココアの風味が口中いっぱいに広がります。昭和26年(1951年)より発売しています。当時は5円販売しており、原料も砂糖とココア、そしてハッカだけのごくシンプルなものでした。ピーク時には年間1,800万個出荷していました。 現在は、品質安定・安定生産のため、専用の自動包装ラインで機械化生産しています。 駄菓子のロングセラーとして広くマスコミなどに取り上げられています。タバコを吸うよりこの1本。オリオンは貴方の禁煙を応援します!」

          ↓   ↓   ↓   ↓   ↓ 

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他にもこんなお菓子が入っていましたよ( *´艸`)

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おっ!これは、クレヨンしんちゃんがアニメのなかで、いつも美味しそうに食べている〝チョコビ〟ではないかっ!一度食べてみたかったんだよ~~~(笑)!

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え???あのクレヨンしんちゃんが食べている〝チョコビ〟って、ラムネだったっけ???(笑)。。。違う気がする。。。

そうか、これはきっと、オリオン製のシガレット版チョコビなんだっ!

ココア味と、キャラメルプリン味のする不思議な口当たりのラムネ、、、というかシガレットでした。。。

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息子よ、、、大阪みやげを(人''▽`)ありがとう☆

また、面白いものがあったら買ってきてちょうだいね~~(*^^)v