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「無駄な経験は無い」は詭弁か

思考

  自分が生きていくなかで、本当に沢山のあらゆる出来事に遭遇し、そこでいろいろな経験をするわけだけれど。そして特に自分にとって、それなりにシンドイ系の経験だった場合、「無駄な経験など何もない」と人からも度々言われたり、書かれているのを目にすることもあるのだけれど。果たしてそうなのか?まぁ、ある程度は自分でもそう思ってもいる部分もある。

  でも、どう考えても、「しない方が良い経験」「避けるべき経験」はあるだろうと思う。もちろん、それらは人によって違うわけで、ある人にとっては「した方が良い経験」かもしれないが、別の人にとっては「しない方が良い経験」に位置づくのかもしれないよね。
  それと、「無駄な経験は無い」と他人に説教がましく言われると腹が立つけど(←少なくとも私は(笑))。。。たぶん、事後に自分にとってのその出来事を自分で振り返って、「無駄な経験では無かった」と過去形な感じで自分を肯定するような感じで、自分のこと限定で言うのならば、あり得るし、理解もできるし、まぁ、許せる。それに、場合によっては、自分自身をそう納得させる必要がある場合もあるとも思う。
   いずれにしても、「経験した」という実感は、自分自身が感じ取るものだと思うので、人に無理やり押しつけられるものでもないし、こちらが一方的に押しつける類のものでもないだろう。ましてや、無理やり人に押しつけて、「ほらね、私と同じく、あなたにとっても良い経験になったわよね〜、いえ、なっているに決まってるわ〜」なんて思うのは、厚かましいにも程がある(笑)!
  でも、人によっては、頑なに「食わず嫌い」的な傾向が強い場合があって、本人がそれで息苦しくない(「生き苦しくない」という表現の方がよいかも)ならば構わないだろうけれど、明らかに生き苦しそうな場合には、そして、相手が求めているならば、誰かその人にとって〝ふさわしい人〟が、「経験させてあげる」ようにさりげなく方向づけてあげることも必要なのかもしれないと思う。それによって「食わず嫌い」は緩和されて、自分を縛っている「生き苦しさ」を少しでも緩和することができるかもしれないし。。。
 ただ、 その〝ふさわしい人〟とは誰なのか???当然でしょうが、人にもよるでしょうね(笑)!相性が大事なのかもしれませんね。同じことをAさんが言うと「ざけんなっ!」と感じるけれど、Bさんが言うと「そのとおりだわ~~♡♡♡」と感じるかもしれないし。。。だから、いろいろな出会いも大切だと思う。でも、出会い過ぎるのも逆効果だと思う。。。難しいね。。。