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〝ささいな〟差別

読書

またまた、読書。。。

[タイトル]『差別感情の哲学』

[著者]中島義道

[著者プロフィール]哲学者(時間論、カントの哲学が専門)、元・電気通信大学教授

[出版社]講談社学術文庫

[目次]

序章   何が問題なのか

第1章 他人に対する否定的感情

  1 不快

  2 嫌悪

  3 軽蔑

  4 恐怖

第2章 自分に対する否定的感情

  1 誇り

  2 自尊心

  3 帰属意識

  4 向上心

第3章 差別感情と誠実性

  1 まなざしの差別

  2 差別語

  3 誠実性(1)

  4 誠実性(2)

終章     どうすればいいのか

 

[私が特に興味を持った点]

☆彡本書で取り上げる「差別」とは…

 著者が、この本で取り上げる「差別」とは、世に書籍として山ほどでている深刻な「社会的差別」や、「いじめ」に関する議論というよりは、おそらく多くの人が悩むであろう日常的な「ささいな」差別についてである。

 それは、低学歴・低学校歴だったり、魅力のない容貌だったり、人間的魅力の欠如だったり…

 「ブス」「デブ」「チビ」という語や…

 偏差値の低い大学の学生や卒業生にとって、大学名を打ち明けたときの相手の何気ない態度の裏に潜む軽蔑的視線などのような…「差別」についてである。

 これらの日常的に「ささいな」差別は、ささいであるとみなされているからこそ、その解決は至難の業であることを示したかったと、著者は、あとがきで述べている。

 

☆彡差別感情は誰がもつのか…

 (以下、引用)

 差別感情は、卑劣漢とか冷酷無比な人に具わっているのではなく、むしろ「善良な市民」あるいは「いい人」のからだにたっぷり染み込んでいる。

 それは、共同体の中で「まとも」だと思われたい願望の裏返しとして生ずる。

 清潔でありたいと願うことが、すなわち不潔な人に不快感を抱くのであり、勤勉でありたいと願うことがすなわち怠惰な人を軽蔑するのであり、誠実でありたいと願うことが不誠実な人を嫌悪するのだ。

 自分の理想あるいは努力目標に、はなはだしく反する人々を(排除しないまでも)遠ざけておきたいのである。

 こうして、われわれ(凡人)の日常生活においては、ささいなことで絶え間なく自分を誇り、ささいなことで絶え間なく他人を軽蔑し…、こうして他人を傷つけ、他人から傷つけられて生きるほかないという仕組みになっている。

 誰でも知っているこのことを私は書きたかった。

 

☆彡では、どうすればいいのか

 終章で、「どうすればいいのか」について書かれていることが唯一の救いのように感じるのだが。。。以下に、引用しつつまとめる。

  • ちなみに、著者は、解決策として「まず、自分の思い込みから、なるべく心を開放し、なるべく多くの(とくに自分と異質の)意見・信条・境遇・身分・立場の人とコミュニケーションを重ね、差別の実態を知り、繊細な精神で思考し続けること。」というような抽象的にまとめ上げた口当たりのいい言葉は嘘ではないが、あまりにも平板な真理であるため、人々の耳に心に浸透しないと述べている。
  • 各人が自分自身の中に「自己満足に浸っている者」を、「高みから見下ろす者」をきちんと見据えることである。そして、「他人が見えなくなる瞬間」を警戒することである。
  • 罪のない冗談の中に、何気ない誇りの中に、純粋な向上心の中に、差別の芽は潜み、放っておくと体内でぐんぐん生育するのである。そのときに、あなたは「高み」にいるのである、その「高み」に達していない他人を一瞬にせよ忘れているのである。すべての行為に差別感情がこびりついていることを認めない限り、自分は「正しい」と居直る限り、人は差別感情と真剣に向き合うことはない。
  • せめて、自分に対するわずかな誇りも他人に対するわずかな軽蔑も絶えず生け捕りにし、その醜い姿を心ゆくまで観察することを提唱したい。くたびれはてても、けっしてごまかすことなく…。そのうち、自分の「汚さ」に悲鳴をあげたくなり、加えて他人の「汚さ」までもよく見えてしまい、きついことこの上ないが、それでいいのである。それが「誠実に生きる」ということなのだから。

[感想] 

 日常に潜む〝ささやかな〟差別に気づき、読んでいて、本当にドキッとさせられま す。そう、「誰でも知っていること」なのだろうけれど、こうして書かれたものを読むと、みぞおちをげん骨で殴られたような、なんとも言えない鈍い痛みを感じ思わず「ウッ」と声をあげそうになる(汗)。。。

 みぞおちに鈍い痛みを感じ、最終章の「どうすればいいのか」のページを、すがるような思いで読むと、、、さらに、さらに、痛くなる(笑)。。。

 きびしい、きびしすぎる…

 しかし、自分の中にある「差別感情」にちゃんと向き合うということは、そういうことなのだと思った。キレイごとで、お気楽に向き合えることではないと思った。

 下手すると、自分を追い込みすぎて、潰れるかもしれない。。。相当に鍛えあげなければ。。。

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