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人に任せる力

主張

なんでも自分でこなすのが器用で手早くて上手で優れている人の場合、「私がやった方が早い」から、全て自分で抱え込んでやってしまう場合が多いのだろう。

 

だって、その方が自分の思い通りにできるし、自分のこだわりに叶った、自分の気に入った仕上がりになるし、なによりも、やってもらう相手に細々とした説明をする面倒な手間が省けるので、ある意味その方が〝楽〟なのでしょう。

 

でもね、それには限界があるんだよね。どこかで必ず無理が生じてくる。

 

まぁ、自分勝手に好きなように一人でやる場合の気ままな趣味やお遊びならば良いのだけれど、、、そうではない場合、なかなかマズイことになるのではないかと思う。

 

たとえば会社とかだったら、上司やリーダー的な立場の人がそういう〝ひとりで抱え込む〟的な人で、何でも自分の思い通りにならないと気に食わないとかこだわりが強すぎたりすると、人に任せることができず、結局は〝使える〟人材が育たないことになる気がするんだよね。その人が倒れちゃったら、「他にはだれも出来ません…知りません…」THE ENDになりかねないんじゃないの?

 

家庭だったら、親がそういう、何でもかんでも世話をやき過ぎる場合、子どもが何でもかんでも親に頼ってしまい、身の回りのことを全部やってもらい、単なる親の言いなりにしか行動できなくなり、自立できなくなってしまうことになる。そうすると、子どもも育たない。

 

要するに、、、私的には単なる自己満足にしか思えないのです。。。

 

多くの人は、自分の能力を認めてもらいたいという思いもあるだろうから、「自分だからこそ出来ること、自分にしか出来ないこと」を強調したがるようだけれど、何かを継続させたり、次の時代に繋げていく必要があることなのであれば、「自分でなくても代わりがいる、出来る人がいる」という状況を作り出しておく必要があるのではないか?

 

「私だけが優れているのよ~~」だけでは、なんか危なっかしくってダメダメな気がする。。。ある種、破滅に向かっている気がする。。。

 

「人に任せる」ことは、「丸投げ」することとは違うよね。「どうでもいいから任せるから、あなたの好きにやって」ならば、任せた相手がどのような結果を出そうと、どんなミスをしようと、自分の趣味と異なろうと、任せた側は文句は言えないから、それを受け入れる覚悟が必要になるしさ~。

 

もし、文句を言いたくなったり、どうしても指示通りに動いてもらう必要があるのならば、丁寧な手順や根気強い説明が必要なのだと思う。そして、任せた相手を信頼しなければならないとも思う。

 

「人に任せる力」っていうのは、きっと、自分で全てを抱え込んでやってしまうことよりも難しいよね。人を見極める能力と、信じて受け入れる懐の深さも必要なんだと思う。

 

さらに、何よりも物事の長期的な見通しを持つことが出来て、細やかな計画を立てることが出来て、非常事態には、瞬時の適切な判断と臨機応変な対応が出来て、潔く腹をくくることのできる覚悟が出来る必要もあるのだと思う。こういう高度な能力と技量が必要で、最終的な責任は「私が負いますから、大丈夫よ!」というメーッセージがきちんと相手に伝わるようにする必要もあるので、これが出来る人は本当に尊敬する!

 

そう、「人に任せる力」って、多くの人がどこかで養う必要がありそうな気がする。でも、それの力って、いったい、いつどこで身につけるんだろうか?

 

出来る人を一人でも多く育てるって、何かを継続させていこうとする時には絶対に必要なことなんだと思う。。。難しいかもしれないけれど…

 

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