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人を褒めることに潜む支配と差別

褒める」「褒められる」という言葉や行為は一般的には、ポジティブな印象で使われていることが多いように思いますが…

 

でも、「褒め殺し」という言い方もありますよね(笑)。。。

 

褒め殺し」とは、ウィキペディアによると、元々は対象を褒めることでその対象を「だめにしてしまうこと」を指していたようですが、後にだめにすることを目的として「褒める」ことをも意味するようになったと書かれていました。

 

まぁ、でもやはり、世間一般的には褒められることは、どちらかというと不快ではなく心地よいことなのだと思います。確かに嬉しいし自信を持つことにも繋がると思うので…

 

特に、幼い子どもなどは大人に褒められることでヤル気になったり笑顔になったりすると思います。

 

もちろん、私も人を褒めたこともあるし、人に褒められたことも無いわけでは無い

(笑)のですが。

 

私には人を「褒める」という行為に、なんというか若干の〝違和感〟というか〝しんどさ〟をいつも感じています。

 

私だけがそう感じるだけなのかもしれないのですが…

 

人を「褒める」行為って、非常に差別的な行為だと思ってます。ま、当たり前っちゃ当たり前なのでしょうけれど、誰かを「褒める」場合には、必ず周囲の人よりも何かが優れている(優れているということを、どう定義するかは別として…)、周囲より目立ってズバ抜けているとかがあるから、「褒められる」わけです。

 

要するに、誰かが「褒められた」時点で、同時に〝褒められるに値しない人〟や〝褒められるほど優れてはいない人〟の存在が明確になり、〝褒められた人〟の存在が明示化され、ジャジャーンとクリアになり、評価が上がるような感じがするわけですよね。

 

まぁ、これって当たり前のことなので、決して悪いことではなく必要なことではあると思います。ただあまりにも「褒める」「褒められること」=「素晴らしいこと!」を強調し過ぎない方が良いように思います。

 

誤解されると困るのですが、私は必要以上に強調し過ぎるなと言っているだけで、「褒め」の行為が全て駄目などとは一言も言っておりませんよ!誰かの「褒め」られている事柄をリスペクトし、そのような優れた部分を見習って、手本にして「よし、自分もそれを目指そう!」とするというのは、もちろん必要なことだと私も思っているので、それはそれとして大事なことであることを押さえたうえで、以下の私見です。

 

褒める」行為には、上下関係などの権力的な支配(というと、あまりに大げさかもしれませんが…)や、差別的な要素を含んでいるということを、常に頭の片隅に置いておく方が良いだろうと、私は常日頃思っています。

 

だから、何でもかんでも気軽に人を褒めまくってはマズイ気がします。ちょっとしたことで人をアホほど褒めまくるというのは、人を都合よく使うための方略の意味もあるのですから。。。だから、決して、人をいい加減に、やたらと褒めまくってはいけないと思います。

 

ま、褒められて、気を良くして調子に乗って浮かれる方の勘違いが甚だしいと「…おばかさんねぇ~」とは思ってしまいますが(笑)。。。

 

大人の社会でももちろん、ありますが、私は特に、〝褒める子育て〟〝子どもを褒めて伸ばす〟などの言葉には、踊らされないようにかなり警戒しています。

 

例えば子どもを褒めて自信を持たせて育てることは、とても大事なことだと思います。しかし、子どもを大人が褒めて育てるなんて、一見、素晴らしいように聞こえますが、褒め方を一歩間違えたら、単に大人視点での都合の良い行為に従わせていく危険性もはらんでいることを忘れてはならないと思います。子どもは、やはり親や先生に褒められると嬉しいので、大人の顔色を窺ってしまう傾向も強くなるのではないかとも感じます。

 

「学校で〇〇ちゃんが、先生に褒められた」➡「みんなも、先生に褒められるような〇〇ちゃんのような良いことをしましょう」的なメッセージとなって伝わる…

 

上記、日常茶飯事、よくあることです。

 

上記、ま、その通りというか、褒められるに値することに対しては、確かに褒められるべきことなのだとは思うのですが、そこには必ず、大人の支配的(時に差別的)なメッセージが含まれていて、それが人により、複雑な伝わり方や受け止め方をするのだということを分かっておく必要があるのではないかと思います。

 

何かの規則や形を相手に一方的に教え込む場合(これが必要な場合もあるので)には、「褒める」ことによって、「褒められる」べき行為を強化する必要があるでしょうから、何を身に着けるべきことであるかが明確になるので相手にとってわかりやすくて良いかも知れませんが、通常の日常生活では、あまりに「褒める」「褒められる」を強調し過ぎない方が良いように思いますね。。。

 

私個人的には、正直言って人(特に私の息子たち(笑))の行動を、親の自分にとって都合の良いように導くために褒めまくって煽てたことは多々ありますので(汗)。。。

 

でも、こういう褒め方でどうにかしたことって、一時的には役立つのですが、長いスパンで捉えた時に結局、先々になって失敗に終わるのですよ(笑)

 

私は、「褒める」「褒められる」を好みません。自分が褒められることがあっても、たいていはスル~しますね(笑)。。。今後の参考程度やヒント程度にはしますが、物心ついてからは、本気にしたことは多分一度もないような気がしますね!

 

なので私の場合、人から褒められることは不必要ですね。だって、「褒め」の基準は自分の中に常にありますし、理想も自分自身の中にありますから、他人の「褒め」基準は私にはほぼ無意味だからです。。。ま、たまに一致した時は「あ、一致した」程度には思いますけれどね(笑)!

 

そう、だから、たとえ私が他人に褒められても私の自分基準の「褒め」に達していなければ、「褒め」に値しないのですよ。逆に、他人に「褒め」られなくても、自分基準で「褒め」に達していれば、自分で自分のことを〝世界一〟とアホほど褒めていますから( *´艸`)おっと、もしかして、これを自己満足というのかもしれませんが💦

 

う~~ん、人を褒めるって難しい"(-""-)"

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